●小さくても大切な人との繋がり(2010年2月)
 2月と言えば立春。これから少しずつ春に向かって移りゆく季節を楽しみにしたいものです。皆さまもお忙しい時期とは思いますが、その中でも小さな春を見つけられる余裕も持っていきましょう。

 さて先日、朝一番の新幹線で移動をしていた時のことです。3列席の通路側に座っていた私はパソコンをパチパチと打っている最中でした。前方から30代前半位の若い男性と、その後ろに社内販売の女性がワゴンと一緒にこちらに来ているのが目に入りました。しかし、そんな風景はいつものこと、目をパソコンに戻し再び打ち始めた時のことです。男性が私の横をゆっくり通り過ぎたかと思うと私の背もたれの手を添える部分に手を添えて体を私の肩に押しつけるようにしてきたのです。
 「なんだ!?」と思った瞬間に私は、崩れるように倒れた男性を左手で支えていました。
 なんと、その男性、気を失いかけていたのでした。それをすぐ後ろで見ていた社内販売員の女性が、直ぐに車掌さんをPHSで呼んでくれ、その間に、一旦は通路に頭を打たないように男性を座らせた私は、自分の椅子にゆっくり座らせ、意識を確かめながら、ネクタイ、Yシャツのボタン、ベルトをゆるめて座席を深く倒して車掌さんを待ちました。
 それからまもなく車掌さんが来て、少し落ち着いたところで倒れた方の荷物を持って(休む場所があるらしくそちらへ)移動していきました。しばらくして、車掌さんが私のところへ来て、「先程は、助かりました。お陰であの方は、今は少し楽になったようですが、下車する東京まで休んでいかれるそうです。本当にありがとうございました。」と、お礼を言われました。
 お礼を言われるためにした行為ではありませんでした。しかし、まったくの他人でも目の前で困った時に自分が少しでも役に立てる行動がとっさにとれたことは少し嬉しく思っていました。
 そして、それで普通は終わりですが、改めて車掌さんがわざわざお礼を言いに来てくれたことは、改めて倒れた方のその後の様子も知ることができて安心したことと、見知らぬ人同士でありながら人の繋がりというか、温かみを感じさせてくれました。
 しかし、責めているわけではないのですが、周囲の方々の冷めた反応も気になりました。前後左右の方々は、自分の席から動くでもなく、何一つ言葉をかけるでもなく傍観者であったことです。まだまだ日本も捨てたものではないと思うと同時に、今の日本の現状も同時に感じることができて複雑な気持ちでした。
 仕事というものは、人様に貢献できるなら、その規模・内容はどうであれ、どんな仕事であっても良いと思います。職業に貴賎なしです。しかし、同じ人同士、日本人同士の困った時に、自ら行動できるということは、小さい時からの教えが必要ではないのだろうかと思いました。
 電車の席を譲ること、階段で重そうな荷物を持っているお年寄りを見た時に荷物を持ってあげること、障がいを持った方にちょっとできる配慮は、小さい時から身につけ色々な経験から習慣化するように教えるのも教育の大切な内容の一つと思いました。
 また、逆の立場で何かをしてもらったり、気づかってもらった時に、「ありがとうございました」と、きちんと言えることもセットで身につけてもらいたいと思いました。今日もいく先に子供たちが待っています。
 今日の体験を通して少しでも子供たちに伝えられたら良いな〜と、思いました。そして、この大切さを毎日子供たちに接する職員の方々に改めて理解して頂けたら良いな〜と思いました。
 私たち幼児教育に関わる者の仕事は、将来の日本社会を担う子供たちを育てることです。
 もっと、人が人に優しい社会になりますように!

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タケちゃんまん
 昭和36年、大阪生れ。夏はシュノーケリング、冬はスキー、年間通してのキャンプでは、地元グルメの試食会風キャンプをする根っからのアウトドア派。
 世界一素晴らしい仕事、幼児教育。だからこそ、子供も職員も幸せにならなければならない。『基本を深め広げることで、人は更に大きく成長する!』をモットーに、職員の成長が私の喜びであり、子供の成長が私の願いです。
 このコーナーは、世間一般や教育界、様々な些細なことにスポットをあててみたいと考えています。宜しくお願い致します。
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